2026年度
新居研究室 配属説明

興味を持った方は、いつでもお気軽に新居まで: yoichi.nii_at_keio.jp

研究室のホームページ(より専門的な記述です)

研究の概要

私たちの研究を一言で表すなら、「量子 × 物性」です。

量子とは、電子や光子といったミクロな世界を支配する基本原理です。 一つの電子やスピンは、同時に複数の状態をとる「重ね合わせ」や、離れた場所にあっても強く結びつく「量子もつれ」といった、古典的直感を超えた振る舞いを示します。

一方、物性とは、そうした量子的な要素が多数集まることで現れる、物質のマクロな性質を探る学問です。 磁性・電気伝導・光応答・弾性など、私たちの身の回りで観測される多くの現象は、電子やスピンの集団的な運動や相互作用から生まれています。

私たちは、この「量子」と「物性」の“はざま”にこそ、まだ誰も見たことのない現象や機能が潜んでいると考えています。 この交差領域を掘り下げていくと、量子論や物性物理にとどまらず、熱力学、統計力学、情報理論、さらには宇宙論にまで通じる深い共通性が見えてきます。 そこでは、これまで別々に扱われてきた問題が交わり、新しい概念が次々に生まれようとしています。

このように境界領域は非常に面白い問題を数多く内包していますが、その探求は決して簡単ではありません。 それは量子の世界はシンプルさを極めようとする一方で、物質の世界は多様性を本質とし、 この相反する二つの世界の境界に何があり、どのようにアクセスできるのか—という非常に難しい問題があるためです。 世界的に見ても、実験でこの難題に取り組む研究者はほとんどいない、と思います。

私たちは、この未知なる領域に、独自の実験手法と理論的アプローチを組み合わせて挑み、 「物質の中に潜む量子」という新たな視点を切り開こうとしています。 興味をもった方は、ぜひ一緒にこの知的冒険に踏み出しましょう!

量子と物性の概念図

図1. 量子と物性、そのはざま

研究室独自の特徴
  1. 量子と物性を横断する稀有な研究室

    • 量子と物性の間にある大きなギャップを自由に横断することを標榜しています。
    • 量子から物性、また物性から量子と、人によって全く異なるアプローチをとります。
    • 量子だけ、物性だけ、ではなく二刀流が最大の特徴です。
  2. 実験だけでなく理論も。かなり広い研究スコープ

    • テーマは実験(+理論)、基礎~応用まで、かなり幅広く扱う研究室だと思います。
    • 研究テーマの立ち上げ期は数値計算や解析計算など理論的な性格が強いですが、理論はあくまでツールとして用いて、 最後は実験を最重視しています。
    • 実験のキーワード例は、ナノデバイス設計・作成、フォノン計測、超伝導回路共振器、磁気弾性結合、量子常誘電体、スピンポンピング、超精密な磁気光学測定、ブリルアン散乱、走査プローブ顕微鏡...など多岐にわたり、その中から興味に応じて挑戦できます。
  3. 新しい研究室ならではの密な指導

    • 2025年度に発足した研究室(現在卒論生5名,M1が2名)です。
    • 教員との距離が近く、丁寧なサポートを受けながら研究を進められます。
    • 先輩が少ないため、研究テーマを天下りで引き継ぐこともなく、自分の手で主体的に研究を切り拓く、研究の醍醐味が味わえます。
2026年度の研究テーマ

テーマに共通する点は「量子と物性がどこかで関わること」のみです。

現在、大きくわけて三つの方向性があります。 発足初年度は、卒論生3名にそれぞれの一つを割り当てて研究を進めています。 各テーマがそれなりに離れているため、学生・教員ともに大変なところはありますが、3名とも面白い結果がではじめています。

    以下、クリックすれば、それぞれのテーマの詳細が見られます。

  • 物性の中に量子を見出すテーマ
    「量子スピン液体における量子もつれ構造の研究」

    「量子スピン液体」と呼ばれる特殊な磁石があります。この磁石は、量子力学的な揺らぎにより、絶対零度でもスピンの向きが秩序化せず、 まるで液体のように揺らぎ続ける不思議な物質です。

    この物質の特筆すべき性質は、巨大で複雑な量子もつれの形成です。 量子スピン液体の中では、アボガドロ数個のスピンが互いに量子もつれを形成し、 非常に複雑に絡み合っていると考えられています。興味深いことに、このような巨大な量子もつれは自発的に形成されるため、 人工的に作られた量子もつれ(例えば光や超伝導量子ビットで作られるもの)に比べ、 はるかに多くのスピンが絡む、極めて複雑な状態となります。

    しかし、この非自明な量子状態は、これまで直接的に観測されたことはなく、 その検出方法も確立されていません。 つまり、そんな複雑な量子状態となっているのか、まだ誰も知らないのです!

    私たちは、この難題に対して独自のアプローチで進めています。 特に、物質中に内在する量子もつれを外に取り出し、 巨視的なスケールで観測することを目指しています。 現在はその第一歩として、量子もつれを「取り出す」ための方法論を理論計算を用いて検討しています。 まだまだ初期的段階ですが、良い方法論が見つかれば、 それを実験的な実装へと進みます。 最終的には物質スケールでの量子もつれの検出と制御の実現を目指しています。

    量子スピン液体物質中の複雑な量子もつれ構造

  • 量子技術を使って物性を測る・操るテーマ
    「量子もつれ光を利用したフォノンスピンの検出」

    図3. 量子もつれした二つの粒子の概念図

    量子もつれとは、複数の粒子が強く相関し、 たとえ相互作用しないほど遠く離れていても、一体のように振る舞う量子特有の現象です。 この量子もつれを利用すると、観測に伴うさまざまなノイズを相関を通じて打ち消すことができ、 古典的な限界を超えた高感度計測が可能になります。

    これは「量子もつれ光による量子計測」と呼ばれる新しい手法で、 近年では精密分光や量子イメージングなど、実際の応用が進んでいます。 しかし、物性計測への応用という観点では未開拓です。 私たちは、この“量子もつれ光の優れた感度”を物性計測へ応用することを目指しています。 もし量子もつれ光によって、物質中のわずかな揺らぎや相互作用を捉えることができれば、 これまで観測が難しかった新しい自由度やダイナミクスを直接検出できるかもしれません。

    そこで、私たちが注目しているのが、「フォノンスピン」と呼ばれる物理量です。
    電子がスピンをもつように、格子振動(フォノン)も回転運動に対応する角運動量、 すなわちスピンをもつことが近年の研究で明らかになってきました。 そしてこのフォノンスピンが、新しい物性や機能の起源となるなど、物質科学における重要な自由度として注目されています。 しかしながら、フォノンスピンは電子スピンと異なり磁気モーメントをもたないため、 従来の磁気的な測定手法では観測が困難で、まさに“見えない自由度”なのです。

    本研究では、このフォノンスピンを量子もつれ光によって高感度に検出することを目指しています。 特に、量子もつれ光がもつ強い相関を活かせば、 光がフォノンと相互作用する際のごく微小な散乱やその変化を、 古典的なノイズの限界を超えて検出できる可能性があります。

    現在はその出発点として、 まず量子もつれをもたない、通常の光散乱過程を量子論的に定式化することで、 フォノンスピンと光との特徴的な相互作用を解析しています。 本研究が進展すれば、フォノンスピンという隠れた自由度を捉えるだけでなく、 量子相関を積極的に活用した新しい物性計測の原理を確立することにつながります。

    図4. 量子もつれ光を利用したフォノンスピン検出の概念図

  • 物性を応用して量子研究の新しいプラットフォームを構築するテーマ
    「トポロジカルフォノン導波路の開発と量子応用」

    図5. トポロジーの比較。

    トポロジーとは、形の「つながり方」を分類する数学の一分野です。

    たとえばドーナツとコップは、どちらも穴が1つあるため、連続的に変形しても互いに行き来できますが、穴のないボールには変形できません。 このように、形を連続的に変えても越えられない違いがあるとき、「トポロジーが異なる」と言います。

    このトポロジーの考え方は、数学の話にとどまらず、近年の物性物理に大きな変革をもたらしています。
    というのも、物質中の電子にも「形」や「トポロジー」を定義できるのです。 そして電子のもつトポロジーが異なると、物質の性質そのものが劇的に変わることがあります。 たとえば、トポロジーの異なる二つの絶縁体をつなぐと、その境界では電流が流れる――まるで「絶縁体の境界に金属が現れる」ような不思議な現象が起こります。

    私たちは、このトポロジーの考え方をフォノン(格子振動/音波の量子)へと拡張しています。 すると、トポロジーの異なる物質の境界に、フォノンが局在して伝わるようになります。 これは、音の世界の光ファイバーとも言えるもので、振動を非常に小さい経路に閉じ込めて伝搬させること--つまり音波の回路--ができるかもしれないのです。

    私たちは、この特異なフォノンを利用して、まったく新しいフォノン集積回路の実現を目指しています。 これは、電子が情報を担う電気回路とは異なり、振動(フォノン)が情報を担い、回路上でさまざまな演算を行うものです。 こうした古典的な演算が実現できた暁には、それを拡張し、フォノンによる量子干渉や量子もつれの実証など、「音の量子物理」へと展開していきたいと考えています。

    図6. トポロジカルフォノン導波路の例。

研究のスタンス

    世界でまだ誰も見たことのない現象を明らかにして、それを新しい機能につなげることが目標です。

  • 思考実験や理論・数値計算を重ねて、実験方法を深く検討します。そのうえで必要な測定系がなければ自分たちで独自に開発します。
  • その過程は、自ら設計したプラモデルを組み立て、それで遊ぶような楽しさがあります。
  • 学生は興味や適性に応じて、色々な切り口で研究が開始できます。
  • 現状、理論的志向の強い学生が多い傾向がありますが、教員個人としては、細かな理屈はさておき実験をバシバシやってくれる学生は非常にウェルカムです!
研究活動
  • 個別ミーティング(週1回):研究の方向や結果を深く議論
  • 全体ミーティング(月1回):各自の進捗を発表し分野横断で議論し情報共有
  • 輪読会(週1回):量子論・固体物理の教科書を読み物理的素養を養う
  • コアタイムなし:各自の裁量で研究時間を管理
教員メッセージ
  • 多くの学生は修士まで3年間を過ごします。その時間は非常に大事に過ごしてほしいと考えています。 つまり研究もプライベートも、自らのエネルギーを存分に注ぎ込んで、大きく成長して社会に羽ばたいてほしいと思います。 教員はそのためのサポートを惜しみません。
  • 研究活動は、知的好奇心の赴くままに楽しんでもらい、同時に研鑽をつむ場として存分に活かしてほしいと考えています。
  • 配属に特別なスキルや知識は不要です。私たちの研究に少しでも興味を持ち、熱意とやる気をもって成長しいってくれると嬉しいです。
研究設備・環境
デバイス作製から低温・強磁場での物性測定まで最先端の研究環境は整っています。とくに教員のカラーから「測定」に強いこだわりがあるため、自作の測定システムや汎用装置の改造が数多くあります。 一方、デバイス作製に関しては、学内外の大型汎用装置を積極的に利用します。
  • 光学窓付き無冷媒超電導マグネット(7T、2K〜300K)
  • 光学窓付き超伝導マグネット(左)と光学回路(右)

  • 微細加工装置群(東大 or 慶應 or 東北大金研 共用設備)
  • 作成したトポロジカルフォノニック導波路(上)とクリーンルームでのデバイス作製の様子(下)

  • 走査プローブ顕微鏡(半自作)
  • 走査プローブ顕微鏡でのナノ計測の様子

  • リボルバー式RFスパッタ成膜装置
  • レーザー光学系システム
  • 各種マイクロ波測定系(信号発生器・ネットワークアナライザ・オシロスコープ)
  • 基本的な電気計測システム(電流源、電圧計、ナノボルトメータ、ロックインアンプ、ボックスカー積分器、低ノイズアンプなど)
  • 高周波マニピュレータ
  • 大規模数値計算用ワークステーション(2台)
  • Computer Numerical Control(CNC)
  • 測定用プリント基板をつくるための加工装置 (Wegstr製)